sima2*blog

ネットのよもやまをお茶の間に

ブラックフライデー・・・?

      2013/03/10

きっかけはこのニュース。

 米国では例年、サイバー・マンデー(感謝祭休暇明けの月曜日)にオンライン・ショップの売り上げが急増するが、2012年はブラック・フライデー(感謝祭翌日)に、1日当たりのオンライン小売売上高が早くも今年最高を記録した。

米国ブラック・フライデーのオンライン小売売上高が10億ドルを突破 | IT業界動向 | トピックス | Computerworld – エンタープライズITの総合ニュースサイト

オンライン取引が10億ドルを突破、週末の購入全体に占めるオンラインの率が40.7%、とすごい数字が出ています。
が、この「ブラックフライデー」ってなんだっけ?で調べてみると、

ブラックフライデー(英語: Black Friday)は米国で感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日の金曜日のことである。正式の休暇日ではないが休暇になることが多く、伝統的に一年で買い物が最も行われるクリスマス商戦の開始の日である。
1961年ごろからフィラデルフィアで始まり、1975年にはかなり広まった比較的新しい言葉で、当日買い物客で道路が混むのでそう呼ばれているが、小売業者が儲かり黒字になるという意味も含まれている。「ブラックマンデー」(1987年の世界的株価大暴落の開始日)などという言葉との連想で使われている。

ブラックフライデー (買い物) – Wikipedia

いろいろな意味をかけて「ブラックフライデー」と言うようですが、小売店が黒字になるから、というのも面白いですね。けど・・ブラックマンデーと並べられるのは意味が間逆で「ブラック」ですからどうも・・・。

ブラックマンデー(英:Black Monday)とは、1987年10月19日に起こった、史上最大規模の世界的株価大暴落。ニューヨーク株式市場の暴落を発端に世界同時株安となった。暗黒の月曜日(あんこくのげつようび)ともいう。

ブラックマンデー – Wikipedia
いわゆる「大恐慌」の発端ですね。こういう曜日にひっかけた「ブラックxx」って他何があるんだろう、と思って調べてみました。

ブラックチューズデーは混迷の日であった。追加証拠金が必要となり手持ち株の現金化をせまられた投資家は売り注文に殺到した。時代の寵児だった優良株は凋落の憂き目を見た。かつて75ドルの最高値をつけたRCA株は、この日の取引開始から2時間で40.25ドルから26ドルに落ち込んだ。ゴールドマンサックスは取引開始の60ドルから終値35ドルで引けた。同様にニューヨークのファーストナショナルバンクは5,200ドルから1,600ドルに低下した[1]。2日間でダウ式平均株価は23%低下した。

株価大暴落 – Wikipedia

「ブラック」だったのはマンデーだけじゃないんですね。ちなみにこの大暴落は前の週の木曜日から連鎖的に続くので、「ブラックサースデー」もあります。

水曜日は・・「ブラックウェンズデー」、ありました。またしても金融関連。ただウォール街ではなくて、舞台はイギリス。

ポンド危機(ポンドきき、pound crisis)とは、1992年秋に発生したイギリスの通貨であるポンドの為替レートが急落した出来事である。ブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)とも呼ばれる。

ジョージ・ソロス率いるクォンタムファンドがイギリスポンドに対して為替介入をしたのが水曜日でブラックウェンズデー。

9月16日にはイングランド銀行がポンド買いの市場介入に加えて、公定歩合を10%から12%へ引き上げ、さらにその日のうちにもう一度引き上げ15%とした。しかし、それでも売り浴びせはとまらなかった。事実上のERM脱退となったこの日はブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)と呼ばれている。

ポンド危機 – Wikipedia

1992年、イギリス政府の為替介入に対抗してイギリスの通貨ポンドへ空売りを行い、15億ドルの利益を得る。この一件により、「イングランド銀行を潰した男」の異名を得る。

ジョージ・ソロス – Wikipedia

木曜日は既に出て、金曜日は今回の話ですので、土曜日を見てみましょう。

ブラック・サタデー(Black Saturday、黒い土曜日)とは、1984年7月14日、ビンス・マクマホンと彼の団体WWFが、ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング(GCW)のレギュラー番組枠であった、スーパーステーションWTBS(現在のTBS)の毎週土曜夜の放映枠を乗っ取った事件を指して、アメリカのプロレスファンが名付けた名前。この出来事は、この後10年以上にもわたって繰り広げられたアメリカプロレス界の熾烈な視聴率戦争(マンデー・ナイト・ウォーズ)のきっかけにもなった。

ブラック・サタデー – Wikipedia

いきなりエンターテインメントに話が飛びました。アメリカのプロレス団体WWFでこういうのがあったんですね。放映枠をのっとった、というのは・・・?

全国拡大を図るマクマホンは、WTBS局の放映枠を狙って、局オーナーのテッド・ターナーに交渉するが、これはすぐに断られた。マクマホンは別の方法でアプローチした。彼は、当時GCWの首脳部の一部に、ブッカーであったオレイ・アンダーソンのブッキングのやり方と会社の経営方法に不満があったところに狙いをつけ、ジャック・ブリスコ、ジェリー・ブリスコのブリスコ兄弟が所有していたGCWの株25%をすぐに取得した。さらにプロモーターのジム・バーネットがマクマホンにGCW株を売却した結果、WWFの所有するGCWの株は過半数を占め、WTBS局の土曜日夕方の『ワールド・チャンピオンシップ・レスリング』の番組枠を手に入れた。

GCWによる最後の番組は1984年7月7日で終了し、翌週の7月14日、番組は司会のフレディ・ミラーが新しいオーナーのマクマホンを紹介するシーンから始まった。マクマホンはチャンネルを合わせたGCWのファンに、WWFの新番組はそれまでと変わらず期待できることを宣伝した。

うぉっと。てっきりエンターテインメント系の演出の話かと思ったら、放送局の株式買収による乗っ取りじゃないですかw
つまりWTBSの週末ゴールデンタイムの枠にどうしてもWWFを出したくて、局の支配権を握っちゃった、という、リングの中には納まりきらない話だったんですね。すごいなぁ。

そして日曜日。ブラックサンデー、という映画があるようで。

1970年代のアメリカ。軍人としてベトナム戦争で戦った男が祖国に裏切られた復讐からアラブのテロリストと手を結び、国内での数万人規模の大量殺戮に着手。テロリスト暗殺を仕事とするイスラエル諜報特務庁の殺し屋、カバコフ少佐はアメリカ国内でのテロ行為により市民感情がイスラエル支持から離れるのを防ぐために、海を渡り大義のない死闘を繰り広げることになる。
ブラック・サンデーのブラックとは復讐者のランダーが手を組む実在のテロリストグループ「黒い九月」をさし、当時アメリカ国内でのテロ活動がされていない時期に、来たるべき恐怖を予見している。また、サンデーとは休日のテレビに映らない社会の影となった人間たちの怨念を表している。

ブラック・サンデー (映画) – Wikipedia

これは「黒い九月」、ブラックセプテンバーの話ですね。ミュンヘンオリンピック事件で有名です。
その事件が起こった1972年9月5日は火曜日でした。

ブラックサンダー、てのもあるんですけどね。オリンピック体操の内村選手の大好物。
ブラックサンダー|有楽製菓商品ラインナップ
なんかラインナップがすごいあるのがWikipediaにのっててびっくりしました。
ちびサンダーとか豊橋ブラックサンダーとか。
ブラックサンダー – Wikipedia

まぁこうやって見るとやっぱり「ブラックxxデー」はあまりポジティブな話ではないものが多いですね。唯一ブラックフライデーだけかな?

 - トピック , , , , ,